筒井康隆『富豪刑事』

新潮文庫 ISBN:4101171165

大富豪の跡取りである刑事が、金に糸目をつけないスケールの大きな捜査方法で事件を解決する。いまさらながら、軽く読めて「特殊探偵」ものとして面白い作品集。

冒頭に登場するのが「アルフレッド・ヒッチコックそっくり」の警視なのからもわかるように、映画の手法を非常に意識して書かれている。普段は映画でできることを小説の形式でやろうとする話はあまり評価しないのだけれど、これだけ開き直られるとまあ別にいいか、という気もしてくる。

第三話「富豪刑事のスティング」になると(「スティング」自体が有名な映画の題名だけれど)、語り手はこう宣言しはじめる。

>それならいっそのこと、話を面白くするために、小説中における時間の連続性を、トランプのカードをシャッフルするような具合に無茶無茶にしてしまえばどうであろうか。むろん、完全にごちゃまぜにするのではなく、事件のある一面だけを連続させ、それを書き終えてから他の一面を連続的に書くのである。(p.144)

これはたぶんスタンリー・キューブリック監督の映画『現金に体を張れ』を真似たものだろう。この語り手は他でも、謎解きをだらだら説明して読者のみなさんを退屈がらせてはいませんよね、みたいな弁明をしたりと、やけに小説の「時間」に介入したがる。

そういえば大金持ちがはちゃめちゃをやる、というのは1930年代くらいのハリウッド映画のパターンのような気もする。

刊行は1978年。『こち亀』の中川はこれが元なのかと思ったら、『こち亀』の連載開始は1976年で中川は開始当初から登場しているようなので、そうでもないみたい。