ダフネ・デュ・モーリア『破局』

The Breaking Point (1959) / 吉田誠一訳 / 早川書房

異色作家短篇集ばやりの昨今なのに、実は本家「異色作家短篇集」を読んでいなかった、ということでデュ・モーリアの巻を補完。

「アリバイ」: 主人公の怪しい語り、絵画をめぐる描写がいびつで面白い。ミステリ的な落ちが印象を弱めている気がする。

「青いレンズ」: 眼の手術によって他人の顔が獣に見えてしまうようになったヒロインの不安。これぞデュ・モーリア、という感じの精神不安が肥大していく描写が素晴らしい。『鳥』を読んだとき、デュ・モーリアという作家は、平穏な日常がどんなに脆く(理不尽な暴力=戦争によって)破壊されてしまうものなのか、という不安感を描く作家だと感じたのだけれど、その志向がそのまま出ている作品ではないかと思う。

「美少年」: これもじわじわと迫る歪んだ不安感が良い。最後のほうで唐突に「事故の恐怖、突然の死の恐怖。事故というよりも戦争」(p.150)という文章があるのが印象深い。

「皇女」: 幻の王国の崩壊を描いた寓話。読みはじめてすぐ「ハドリバーグの町を腐敗させた男」みたいな傑作かと思った。それほどでもなかったけれど面白い。

「荒れ野」: 『鳥』収録作にも似た趣向のものがあった。翻訳で読んでもあまりぴんとこない作品だけれど、「青いレンズ」と合わせて読むと少しデュ・モーリアの作品に共通するものが浮かんでくる気もする。

「あおがい」: 読みはじめてすぐ、この語り手は相当に迷惑な性格の女だとわかる「信用できない語り手」系の小説。伊井直行『濁った激流にかかる橋』に似た路線の作品があったのを思い出す。作品自体はさほどの出来ではないと思う。

何年か前に新訳の出た短篇集『鳥』が本当に秀作揃いだったので、それと較べてしまうと小粒に感じられる。印象に残っているのは「青いレンズ」と「美少年」。